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小さな菜園のある暮らし

夫婦で南信州に移住。山登ったり、自転車乗ったり、野菜作ったりしています。

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古代から続く祈りの道、熊野古道その1〈小辺路〉(高野山~熊野本宮)

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三浦峠から見た朝の山々。いかにも神様たちが住んでいそうな雰囲気。(2017年2月5日)


実は私はよく知らなかったのですが、いわゆる熊野古道というのは5つからなっています。それが、小辺路(こへち)、中辺路(なかへち)、大辺路(おおへち)、伊勢路、紀伊路です。
小辺路は高野山から熊野本宮大社まで、中辺路は田辺市から内陸を通って熊野本宮大社・那智大社・速玉大社まで、大辺路は田辺から海岸沿いを那智大社まで、伊勢路は主に海沿いを伊勢神宮から速玉大社まで、紀伊路は大阪から海岸沿いを田辺まで結んでいます。

熊野本宮大社の歴史はとても古く、創建は第十代崇神天皇だと言い伝えられています。崇神天皇と言うと弥生時代ですよ。気が遠くなりそうなほど昔ですね。
そのころは熊野川の中州、大斎原(おおゆのはら)に社殿が建てられましたが、明治22年の洪水で流されてしまい、現在は大斎原の近くの高台に移っています。それまで流されなかったというのがすごいですよね。(洪水が起きたのは山の木を伐採したのが原因らしいですが。)

平安時代中期から鎌倉時代にかけて、天皇を始めとした高貴な人々の熊野詣が盛んになり、蟻の熊野詣と言われるほど通っていたのだとか。その後、江戸時代に紀州藩主が熊野三山の復興に力を入れ、熊野詣が庶民の間に広がって最盛期を迎えたそうです。

伊勢神宮や熊野三山を詣でるのはもちろんですが、真言密教の高野山や西国三十三所の一番札所である青岸渡寺が那智大社の隣にあることから、信仰を持ち、病平癒の祈りや家族の健康、死後の平安を願って多くの人々が歩いた道が熊野古道です。

これから歩く小辺路は高野山と熊野本宮を結ぶ約70kmの道です。現在の車道が通るまではこの道が都と熊野を結ぶ主要な道で、巡礼者のほか物資を運ぶ人々や牛馬が多く行き交っていたことでしょう。
街道沿いには多くの旅籠や茶屋の跡があり、山の斜面に石垣を積んで平坦地を作り畑や田んぼにした跡も見られます。水を引くことができない山では、天水だけで稲を育てていたところも残っています。機械も何もない時代、人の力と知恵だけでこれらを造っていた昔の人たちは本当にすごいなぁ、と尊敬してしまいます。現代の私たちにはできません。時代とともに、私たちが失ってしまったものはとても大きいと感じています。

途中には水ヶ峯、標高1344mの伯母子岳(伯母子峠は1080m)、1246mの三浦峠、1114mの果無峠という1000m級の峠があります。私たちが歩いた2月初旬は雪が深いところで踝の上まで積もっている状態で、積雪で道が見えなくなっているところがあり、クラストした斜面ではちょっと嫌らしいトラバースなどもありました。

以下、高野山町石道からの続きになります。↓


3日目〉 2017年2月3日 曇り時々晴れ(朝の気温-5℃)
ろくろ峠7:40→8:10すすき峠→9:10大滝9:40→10:45水ヶ峰分岐11:00→11:20集落跡→11:55東屋→13:30大股→14:50萱小屋跡(避難小屋泊)

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(左)すすき峠からの下り。ずっと雪がありました。(右)ところどころに東屋やトイレが整備されています。助かります。

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(左)時々、古道が車道に吸収されて車道歩きになります。これは高野竜神スカイライン。(右)ダルマストーブのある避難小屋。薪もちゃんと置いてあって使うことができます。ありがたいことです。


4日目〉 2月4日 快晴(-3℃)
萱小屋跡7:15→8:05桧峠→8:45分岐→9:05伯母子山頂→9:30避難小屋10:00→11:05上西家跡11:30→12:25水ヶ元12:45→13:30待平→14:05登山口→14:45三浦口→16:25三十丁の水場→17:05三浦峠(幕営)

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(左)伯母子岳への最後の登り。伯母子岳は山頂を迂回できますが、やっぱり行きますよね。(右)思ったより雪が多く、足元が悪くて思うように進まない。

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(左)小さな集落を通過。(右)昔、防風林だった杉の巨木。

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三浦峠に登る途中、今日歩いてきた道が見渡せた。奥に見える山を越えて谷に下り、また登ってきたところ。現代の私たちも結構歩けるなぁ、とちょっと頼もしく感じた。


5日目〉 2月5日 雨 停滞

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朝から雨で停滞ですが、屋根の下に完璧に幕営できたので快適に過ごせました。


6日目〉 2月6日 晴れのち雪(-3℃)
三浦峠7:30→8:55観音堂→9:25国道合流→9:50西中バス停→11:45昴の郷12:25→13:15果無集落→14:10天水田→15:05観音堂

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(左)なんだか薄っぺらくて動かなかったので死んでいるのかと思ったら、実は寒くて動けないだけだったヤモリ。(右)石畳の急坂を登っていくと・・・

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(左)高台にある果無(はてなし)集落に着きます。まるで時間が止まっているかのような別天地。(右)観音堂の前に幕営させてもらいました。


7日目〉 2月7日 晴れ(-6℃)
観音堂7:50→8:25果無峠→9:20三十丁石→10:55八木尾橋→11:15道の駅ほんぐう12:20→12:50三軒茶屋→13:30熊野本宮大社→大斎原14:20→15:10鼻欠地蔵→15:40つぼ湯→16:40渡瀬温泉(温泉スタンド奥に幕営)

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(左)朝は雪でこんな感じになりました。(右)途中の樹間から見えた果無集落(中央)。うーん、すごい。

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(左)果無山脈と小辺路が交差する果無峠です。果無という響きがとてもいいですね。(右)熊野本宮が見えてきたー。

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熊野本宮大社は前述したとおり第十代崇神天皇のころの創建と言われていますが、初代神武天皇が熊野国から大和国へ上るときに八咫烏(やたがらす)に導かれたという話から、三本足のカラスを信仰しています。日本サッカー協会のマークはやたがらすだったんですね。知りませんでしたよ。

次回は熊野古道・中辺路です。


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*Comment

雪山キャンプ 

雪の中のテント、寒そうですね~。
寝袋は4シーズン用?

ヤタガラス!熊野のシンボルですね。
こちら、シアトルのネイティブアメリカンも
カラス(レイバン)を信仰の対象としています。
トーテンポールの一番上にいつもいますよ。
  • posted by ハチママ 
  • URL 
  • 2017.03/09 00:51分 

NoTitle 

ハチママさん
へぇー、ネイティブアメリカンもカラスを信仰しているんですか。トーテンポールの一番上はカラス、、、知りませんでした。
カラス、体を揺らして歩いている姿がユーモラスで可愛いですよね。頭もいいし。

熊野古道を歩いている間はずっと寒かったです。紀伊半島は暖かいと思っていたので、ちょっと甘かったですね(笑)
寝袋は羽毛400gの3シーズン用です。冬用の羽毛900gの寝袋も持っているんですけど、がさばるし重いので最近はほとんど使ってません。羽毛600~700gくらいの寝袋が欲しいなぁと思ってます。
  • posted by おにし 
  • URL 
  • 2017.03/09 06:51分 

NoTitle 

おかえり~~(遅)(-_-;)
すっげぇねぇ・・・
まだまだ寒い中を、この行程・・・・
まぢでタフやわぁ

今回も意義ある旅になったようで良かったけど
アタシは、若かったとしてもムリやゎぁ。。。
  • posted by 沙羅. 
  • URL 
  • 2017.03/09 11:31分 

NoTitle 

沙羅.さん、ありがとうございます。
無事、行ってきましたよー。やっぱり寒かったです。紀伊半島はもっと暖かいと思ってました。
沙羅l.さんの忙しい日常を見ていると、沙羅.さんのほうがタフそうです(笑) 私、家ではほとんど動かず、、、家から出ない日もあったりしますから・・・
  • posted by おにし 
  • URL 
  • 2017.03/10 04:01分 
  • [Edit]

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